たな

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いろんなことを考えます。いろんなことに挑戦します。Javaのエンジニアです。

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結婚して名前が変わるということ

結婚して名前が変わる友人がいます

とても仲が良い友人が、この度めでたく結婚します。本当におめでたいです。
っと、思っておりました、が、改めて気付いたことがありました。
新婦の名前が変わっていたのです。

近年、夫婦別姓を求める声も聞かれますが、日本ではまだ夫婦別姓が多いように思います。
そして、新婦側が名前を変える例が多いようにも思います。

名前が変わる違和感

上記の通りですが、名前が変わったのです。これは本当にすごいことだなと感じました。
友人夫婦は、新婦の名前が新郎の名字に変わります。
新婦は26歳ですので、これまでの26年間自分で使用していた名字が、ここに来て変わります。
彼女を学生の頃から知っている方は違和感を感じるでしょう。

名前はモノと世界との境界である

まぁ、ここまでは普通に考えていましたが、改めて、名前って何なんだろうなと考えました。
結論としては、名前は、そのモノと世界を分ける境界なんだなと分かりました。

例えば「りんご」があるとします。
あの赤くて、食べると美味しい果物です。
たぶん皆さん「りんご」って聞いたら、頭の中に皆さんが「りんご」だと思っているもののイメージが浮かんでくると思います。
りんごと接触している回数が多く、慣れ親しんでいるから、容易にイメージできるんですよね。
「りんご」って言葉を、ringoって音を聞いたときに、他の何物でもなく、おそらく100人いたら98人くらいが思う「りんご」を思い浮かべているのですよ。
それは同じく赤いトマトでもなく、同じく果物であるみかんでもなく、あの「りんご」なんですよね、たぶん。

改めて言い直すと、

私達は、自らの内側に「りんご」という言葉、あるいは、"ringo"という音によって、正しくイメージを持ててしまう。他のモノでなく、「りんご」を自らの頭の中につくりあげることができるということです。

これが、「名前」がモノと世界の境界であると書いた意味です。
人間が認識するときに、名前(記号)を用いて、そのモノを他のモノから区別します。 これに実態は必要ありません、観念的なものです。

もちろん、形や匂いとかも関係あるでしょうが、今回の趣旨ではありません。少なくとも我々は誰かがつけた名前を有効に用いて、区別を行っています。

名字が変わること

話を元に戻します。
これまでの長い期間、自分と世界を分けていた名字という記号を、結婚という行為で変えることになります。
すごいことだと思います。
他者からの区別のされ方も大きく変わります。
結婚するから当然かもしれませんが、属するコミュニティも変容します。それは名前を通してでも行われています。

夫婦別姓に関して

今回の記事の内容を考えていて、夫婦別姓の良し悪しが分からなくなりました。
これは現在の素直な考えです。
前は「別姓で良いやん」って考えてたんですけどね。

好きな人と同じ区分にされる、世界との境界を好きな方と同じにするって言われてしまったら、「ええよな」って思ってしまいそうですから。
まぁ、選択的夫婦別姓、場所場所で使い分けられる柔軟さをもたせるでも良いかもしれませんが。

おわり

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