たな

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いろんなことを考えます。いろんなことに挑戦します。Javaのエンジニアです。

(2019-3)『WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE. ~現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ~』を読んだ

『WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE. ~現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ~』を読みました

コミュニティ論の本です。

第一人称の死

"WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE"
「私達は孤独である、しかし、一人ではない」
という言葉を初めて聞いたとき、一般的な「死」へ対抗する話をしているのかと勝手に思い、「第一人称の死」を思い浮かべました。
人間は死ぬ瞬間は一人だということ。「死」の瞬間は、それまでどれ程多くの方々に囲まれていても、(たぶん)遠のいていく意識の中で、自分一人になり、最期を迎えるということです。 「死」を本当の意味で初めて「感じる」ことです。

まぁ、でも違いました。これは言葉に対する感想です。

余白

文中に、

わかりにくさとは参加するための余白

とあります。これはすごく良い言葉と感じました。
小説にある「Aは○○と思った・・・。」の「・・・」であり、エヴァンゲリオンの理解出来なさであったりを想像しました。
一つの答なんて、なくて良いですよね。
この「わかりにくさ」は「受け手の考える余地」であり、正解がなかったり、個性・発言者のバックグラウンドがより強く出るものであればより良い気がします。

話すきっかけや新しい方々が踏み込んでくるきっかけにもなります。 余白を残すことで、考えが発散します。
そして、アップデートするための余白でもあります。
もう「完成した」としてしまうと、そこでストップしてしまいますが、ある種の「曖昧」さを残すことで、ある時点では気付かれなかった、意味を持てなかったことが、後々気付かれ、意味を持つこともありそうです。

予想の範囲内であること

文中に、安心・安全のために「予想ができている」ことが大事だとあります。
これは食べ物と似ている気がします。
私達が初めて「不味い」と感じるものの多くは、「これまでの経験から、今から口に入れるものは、だいたいこのくらいの範囲の味だろうな予想していたが、全然違う!」ってものだと思います。
想像の10倍くらい苦いとかです。 食べ物も安心・安全に食べられる物は、過去に口に入れてきて「大丈夫だった」と経験できている(類推できる)ものが多いと思います。

自己紹介で保つ安全性

これは盲点で、猛烈に反省しました。

自己紹介とは、ある意味、自分の物語を相手に聞かせることだ。自分のことなど、相手が興味を持たないはずというのは、一見謙虚なようで、実はコミュニティにおいては自分勝手な行動だ。自分がどんな人間かを紹介するのは、自己アピールではなく、その場にいるメンバーの安心のためだから

もう、全く、こんな視点はなかったです。「自己紹介をする」ことは大事です!!

感想

ここまでコミュニティに関して言語化できるのはすごいなーと思います。
最近はオンラインサロンがかなり活発になっている、新しい時代だと思いますので、この本を読んで、参加してみるのが良さそうです。鳥瞰できる気がします。

たぶん、私の人生のテーマである、
「自分がなぜ、ここにいて、どこに向かおうとしているのか」は常に考えたいと思います。

おわり。。

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